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【期間限定】『君のとなりで。』スペシャルれんさい 第65回 伊吹先輩の過去


◆第65回

小学生だったころ、さくらとちょっといい感じだった男子・加賀谷くん。
その加賀谷くんと、学校内でまさかの再会! 困っていたさくらを助けにきてくれたのは、伊吹先輩。
でも、加賀谷くんは、なぜか伊吹先輩のことを知っているようで……?

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♪伊吹先輩の過去

 

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 

「こ、こんなところで会えるなんて!!」

 

 加賀屋くんは、うれしそうに言った。

 

「……誰?」

 

 伊吹先輩の言葉は、そっけない。

 

 知り合いっていうわけではないみたいだ。

 

「俺、南海中サッカー部の加賀谷っていいます! 伊吹さんにあこがれてサッカーを始めたんです!!」

 

 加賀谷くんは、熱のこもった口調で続ける。伊吹先輩の顔が、一瞬だけくもった気がした。

 

「伊吹さんが南海中に入ったっていう話を聞いたから、いっしょにプレイしたくて南海中に入学しました。でも、サッカー部には伊吹さんがいなくて……。黒羽中でサッカーやってるんですか!? ……でも、今日の試合、出てないですよね?」

 

 伊吹先輩は、加賀谷くんを無言のまま見つめていた。

 

 伊吹先輩には、大ケガが原因で、サッカーの名門中学の入学を取り消されてしまった過去がある。

 

 進学予定だった中学が、南海中っていうことなんだろうか。

 

「サッカーはやめた。今は吹奏楽部でトランペットを吹いてる」

 

「えっ……。まさか、ウソですよね?」

 

 低い声で伊吹先輩が言うと、加賀谷くんはショックを受けたみたいな声を出した。

 

「なんでサッカーやめちゃったんですか? なんで、吹奏楽部なんかに……?」

 

「ちょっと、加賀谷くん!」

 

 伊吹先輩は、サッカーができなくなった絶望を乗り越えたんだ。

 

 乗り越えて、努力をして、トランペットのトップ奏者になった。

 

 つらかった過去を乗り越えたから、今の伊吹先輩がある。

 

 でも、それは、過去の傷に、もう一回触れていいっていうことじゃない。

 

 たとえ、事情を知らなかったとしても。

 

 吹奏楽部『なんか』っていう、加賀谷くんの言い方は、ゆるせなかった。

 

 私がこぶしをにぎって、一歩ふみだしたとき。

 

「ねえ、そこの君……」

 

 薄暗いろうかの向こうから、崎山くんがあらわれた。

 

 今まで見たことないぐらい、おこった顔だった。

 

「伊吹先輩にあやまってくれる?」

 

 崎山くんの気迫(きはく)に、加賀谷くんが後ずさりをした。

 

「なんだよお前、急に出てきて。なんであやまらなきゃいけないんだ。俺が知ってる伊吹さんは、こんなじゃなかった」

 

 加賀谷くんはそれでも、崎山くんに食ってかかった。

 

 するどい目つきでにらむ崎山くんの手が、加賀谷くんに向かってのびる。

 

「落ち着け、崎山」

 

 ずっとだまっていた伊吹先輩が、崎山くんの手をつかんだ。

 

 同時に、私の肩にも伊吹先輩の手が置かれた。

 

「今、問題を起こしたらどうなるかわかるな?」

 

 静かに、でも押し殺すような低い声で、伊吹先輩が告げる。

 

 はっと我に返った。

 

 そうだ。ここで問題を起こしたら、せっかくの吹奏楽部コンクール全国大会出場が、取り消されてしまうかもしれない。

 

 せっかく、マーチングで部がひとつにまとまったのに。

 

 くちびるをかんでこらえるけれど、こらえきれない。じわりと涙がにじんだ。

 

「はい」

 

 小さく返事をして、崎山くんは手を下ろした。

 

 その様子を見た伊吹先輩は、ふっとほおをゆるめた。

 

 それから、きびしい目つきで加賀谷くんをまっすぐに見つめる。

 

「悪いけど、俺はもうサッカーをやるつもりはない」

 

「そんな……」

 

「あと、あんたがサッカーを大切にしているように、俺たちは吹奏楽を大切にしていて、誇りに思ってる」

 

「……」

 

 加賀谷くんは、はっとした顔になる。

 

「あんたが吹奏楽をくだらないと思っていても、それは個人の意見だ。別にいい。だからといって、吹奏楽をやってるやつをバカにするのは、違うだろ」

 

「……そう、ですね。すみませんでした」

 

 加賀谷くんが深々と頭を下げる。

 

 あやまってくれて、よかった。少しだけほっとした。

 

「あれ~? そこの南海中ボーイ、もしかして迷子になった?」

 

 すると、ジャージ姿の鈴木先生が、ろうかのまがり角からひょっこりあらわれた。

 

「えっ。あ、はい」

 

「グラウンドはこっち。いや~うちのぼろ負けだわ~。やっぱダメだったか~」

 

 あっはっはと笑いながら、先生は加賀谷くんを連れていった。

 

 ふたりの姿が、まがり角で見えなくなる。

 

 重々しかった空気がゆるんだ。

 

 ふうっと息をついて、崎山くんが伊吹先輩に向き直った。

 

「伊吹先輩、すみませんでした。あんなこと言われて、俺……ゆるせなくて」

 

「私もです。すみません」

 

 ふたりでならんで、頭を下げる。

 

「いや。ふたりとも、よくがまんしたな」

 

 おだやかな言葉に、なんだか泣きそうになった。

 

「……帰るぞ。音楽室のカギ、閉めるから」

 

「はい」

 

 くるっと回れ右をして、音楽室に向かって歩き出す。

 

 なんで先輩は、私や崎山くんに、こんなに優しくなれるんだろう。

 

 いま、傷ついているのは私や崎山くんじゃない。

 

 先輩のはずなのに。

 

 気になって、ちらりと先輩の横顔を見上げる。

 

 え……?

 

 その瞬間、息が止まってしまうんじゃないかと思った。

 

 伊吹先輩が、見たことのないような顔をしていたから。

 

 とまどっているような、考えこんでいるような。

 

 ……つらそうな、顔だった。

 

 

加賀谷くんの言葉をゆるせなかった、崎山くんとさくら。
いつものように、加賀谷くんをさとしていた伊吹先輩だけれど、その表情は、いったい……?
次回、黒羽中吹奏楽部に大事件が!? おたのしみに!

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