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【期間限定】『君のとなりで。』スペシャルれんさい 第56回 準備室の特別レッスン


◆第56回

数学の追試で大ピンチのはずが、まさかの『伊吹先輩に、数学を教えてもらう』という大チャンスに!?
音楽準備室で、特別な勉強会が始まります!

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♪準備室の特別レッスン

 

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 

 お昼休みが終わるまで、あと15分。

 

 プリントを置いた準備室の机をはさんで、伊吹先輩と向かい合って座る。

 

 フルートのレッスンをしてもらっていた時よりも、ずっと近い距離に伊吹先輩がいる。

 

 近すぎて、先輩の顔なんて見られない。

 

 ドキドキしっぱなしの心臓が、飛び出ちゃいそうだ。

 

「で、なにがわからないんだ?」

 

「それが……自分でもわからないんです」

 

「公式は覚えたけど、使いこなせてないパターンかもな。教科書の問題はとけるけど、応用問題になるととけないとか?」

 

「そうです!!」

 

 私が言ったのはひとことだけなのに、なんでここまでわかっちゃうんだろう。

 

 伊吹先輩は、音楽でも、そのほかでも、私自身でも気づいていない問題を、きちんと見つけ出してくれる。

 

「わかった」

 

 先輩はシャープペンを持って、解説を始めた。

 

「これは、…………だから………っていうわけ。で、ここを……」

 

 プリントを見て話す伊吹先輩に、思わず見とれてしまった。

 

 先輩の字は、大人っぽくてかっこいい。

 

 シャープペンをにぎる手、大きいなあ。

 

 部活や、フルートの特別レッスンで見たのとは違う、新しい伊吹先輩のかっこよさを、どんどん発見してしまう。

 

「……って、聞いてる?」

 

「は、はい! 聞いてます!」

 

 すみません。まったく聞いてませんでした。

 

 ダメだ。先輩がかっこよすぎて、ぜんぜん集中できない。

 

 こんなに教えてもらってるのに、追試に落ちて補習になったら、あきれられちゃうかも。

 

 がんばらなきゃ!

 

 先輩がしてくれる解説に、じっくりと耳をかたむける。

 

 すごくていねいで、わかりやすい。

 

「じゃ、これといてみて」

 

 先輩の指が、プリントの問題をトントンとたたいた。

 

「わかんなかったら、えんりょしないですぐ聞けよ」

 

「はい! ありがとうございます」

 

 問題をといているところを、すぐ近くからじーっと見られて緊張する。

 

 字がふるえそうだ。でも、しっかりがんばろう!

 

「あれ? わかる……!」

 

 今までなら、とちゅうで詰まってしまっていたはずの問題が、するするととけてしまった。

 

「できました!」

 

「見せてみろ」

 

 先輩は、私の手元からプリントを引きよせて確認してくれた。

 

「へぇ。のみこみはやいな。楽器と違って」

 

「うっ……」

 

「冗談だよ」

 

 いじわるく笑う先輩につられて、私のほおもゆるんだ。

 

 よかった。合ってたんだ!

 

 これならきっと、明日の追試も大丈夫なはず!

 

「追試、絶対に落ちんなよ。……この応用問題がとければ大丈夫だと思うけど」

 

 ふっと笑った顔が、すぐそばにあって、胸がきゅんと音を立てた。

 

 地区予選のオーディションの前に、ここでフルートを教えてもらったことを思い出す。

 

 あの時は、私が押しかけてレッスンをお願いしたんだった。

 

 今はもう、絶対、あんなことできない。

 

 あの時よりももっともっと、伊吹先輩のことが好きになってしまっているから。

 

「先輩、ありがとうございました。練習のジャマをしてしまって、すみません」

 

「……ほんと、迷惑」

 

 そっけなく言われちゃったけれど、先輩の目は、言葉とは違って、優しい。

 

「それにしても、お前が昼休みに練習しに来るの、久しぶりだな」

 

「全国大会で、どうしても金賞がとりたくって。もっとうまくなりたいんです」

 

 そう答えたら、不安な気持ちがよみがえってきた。

 

 伊吹先輩のまなざしが優しくて、弱音がこぼれてしまう。

 

「でも……」

 

 先輩は、言葉の先を待つように、まっすぐに私を見つめている。

 

 伝えたら、先輩をこまらせてしまうかもしれない。

 

 それでも、正直な気持ちを、伊吹先輩に聞いてほしかった。

 

「私、全国大会で金賞をとりたいです。でも、今、みんなが同じ気持ちじゃないことも、わかっています。吹奏楽は団体競技だから、自分ひとりの気持ちじゃどうしようもできなくて……それが、つらいです」

 

 スカートのすそをにぎりしめて、ありったけの言葉をしぼりだした。

 

「一番強いのは、全国大会でがんばりたいっていう気持ちです。でも、マーチングもやりたいって思ってしまうんです」

 

 先輩は、だまって私の話を聞いてくれている。

 

「マーチングって、音だけじゃなくて動きもそろえるから、みんなの心もひとつになるんじゃないかって思って。それに、コンクールの選抜メンバーじゃない人も、いっしょに演奏できますし」

 

 よけいなことを言っちゃったかな。心配になって、ちらっと様子をうかがう。

 

 先輩は、小さくうなずいてくれた。

 

「……ああ、そうだな」

 

 よかった。怒ってない。

 

 ごくっとつばをのみこんで、もう一度、口を開いた。

 

「もっと私に実力があれば、全国大会の練習も、マーチングも、両方やりたいって言いたいです。でも、下手だから……とてもそんなこと言えません。気持ちに現実が追いついてなくて、ぐちゃぐちゃなんです」

 

 どうしよう。先輩がじっと聞いてくれるからって、調子に乗りすぎたかもしれない。

 

 整理もついてない気持ちを、全部、はき出してしまった。

 

「すみません。伊吹先輩は体育祭のマーチングに反対してるのに、こんなことを言って」

 あわてて頭を下げると、先輩は「いや……」とつぶやいた。

 

「自分の気持ちがわからないことって、あるよな」

 

 思いもよらない、優しい声におどろいて、ゆっくりと顔を上げた。

 

 無意識ににぎりしめていた指先から、力が抜ける。

 

「『集団』の中では、『みんなと合わせなければならない』っていう圧力が、当たり前のようにかかってる。その中で、『自分』がどうしたいかを考えることは、難しいよな。どうしようもできない自分を、情けなく思ってしまうし」

 

「はい……」

 

「でも、情けなく思うことも含めて、自分の気持ちと向き合うことって、難しいけど大事だと思う。自分の考えを自覚して、受け止めて、それから気持ちを立て直せばいい」

 

「立て直す?」

 

「ああ」

 

 私にきちんと伝わるように、先輩は言葉を選んでくれているみたいだった。

 

「どんなにがんばっても、自分ひとりの思いだけじゃかなわないことは、たしかにある。だけど、『あきらめない瞬間』を積み重ねて、立て直していけばいいんだと思う。自分のできることを、自分なりにがんばったりな。……お前みたいに」

 

「っ……」

 

 伊吹先輩は、こんがらがった私の考えをときほぐして、説明してくれる。

 

 いつもそうだ。

 

 数学を教えるときも、レッスンのときも、そして今も。

 

 問題をどうしたら解決できるか、その道筋を、きちんと見つけ出してくれる。

 

 落ちこんだって、情けなくたって、いいんだ。

 

 そんな自分と向き合って、受け止めて、ゆっくり気持ちを立て直せばいい。

 

 あきらめなければ、きっと、何度でも立て直せる。

 

「自分がどうしたいのか、ようやくわかった気がします。……ありがとうございます、先輩」

 ずっと暗かった心に、明かりが灯(とも)ったみたい。

 

 うれしくて、先輩に笑顔を向けた。

 

 伊吹先輩は私を見下ろしてひとつうなずくと、急に真剣な顔になった。

 

「お前がそんなになやんでるのは、俺と高田のせいだよな」

 

「え……」

 

「もう、心配しなくても大丈夫だ」

 

 先輩は、ポンと私の頭に手を置いた。

 

 優しくて、あったかい。

 

 伊吹先輩が大丈夫って言うなら、きっと大丈夫なんだと思えた。

 

「ほら、もう昼休み終わるぞ。プリント届けてこい」

 

「あ、はい! ありがとうございました!」

 

 プリントをつかんで、大きくおじぎをした。

 

 音楽準備室を飛び出した私は、鈴木先生のところへ急いだ。

 

 

自分とは違う意見も、しっかり受け止めて、優しい言葉を返してくれる伊吹先輩。
ステキな時間を過ごしたさくらを待っていたのは、高田先輩の決断!? 次回もおたのしみに!

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