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【期間限定】『君のとなりで。』スペシャルれんさい 第15回 もう、ひとりじゃない


◆第15回
先輩に呼び出されて、「シメられる」のではなく、前を向く勇気をもらった、さくら。
そして、いよいよ、コンクールが始まります……!

前回までを読みなおす(もくじへ)

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♪もう、ひとりじゃない

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 ヤル気をみなぎらせて音楽室に戻ると、たくさんのあわれみの瞳にむかえられた。

 みんな、私が先輩にシメられたと思ってるみたい。

 伊吹先輩は、何事もなかったかのように、ぶあいそうな顔でトランペットをいじってる。

 また、先輩との秘密が増えちゃった。

 ゆるみそうになる顔を引きしめて、自分のイスにつく。

 戻ってきた先生が指揮台に立ち、指揮棒を手に取ると、音楽室の雰囲気がガラリと変わった。

「課題曲から」

 静かな言葉に、全員が集中力を高め、神経をとぎすます。

 先生の手が上がった瞬間、私をふくめたファーストフルート3人がザッと楽器をかまえた。

 指揮棒が動き、私は短く息を吸う。

 先輩たちと心を合わせて、フラッタータンギングのメロディーを吹いた。

 ──大丈夫。落ち着いて、指揮をよく見て、怖がらずに音を出して……。

『ちゃんとまわりの音を聞け』

 伊吹先輩の言葉を思い出して、またひとりだけテンポが速くなりそうなのをぐっと抑える。

 だいじょうぶ。私はもうひとりじゃない。

 指揮を見て、自分の音を出しながら、周りの音を聞く。

 フルート、クラリネット、サックス、オーボエ、ファゴット。
 ホルン、トロンボーン、ユーフォニウム、チューバ、コントラバス、パーカッション。
 そして、トランペット……。

 さっきは周りの音がまったく聞こえていなかった。自分の音しか聴いていなかったんだ。でも、今ならちゃんと聞こえる。

 伊吹先輩の、美しくて力強い、そして優しいトランペットの音色。

 それに、みんなの音。

 音だけじゃなくて、心も合わせる。ひとつにする。

 その意味がようやくわかった。やっと、心も音もひとつになれた。

 感動で胸がいっぱいになって、ぐんと音色がのびていく。

 課題曲を吹き終えたその時、私は明らかな手ごたえを感じていた。


*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

♪舞台裏のドキドキ

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 いよいよコンクール当日。

 ひかえ室は、選抜メンバー50人でごった返していた。

 リハーサルを終え、演奏の順番が来るのを待っているみんなの、はりつめた空気と興奮が入り交じった表情を見回す。

 いつもとちがう雰囲気に緊張しすぎた私は、会場に来てから5回目のトイレに駆けこんだ。

「はぁ」

 大きく深呼吸をして、制服のポケットに入れて持ち歩いているお守りを見つめた。

 伊吹先輩に秘密のレッスンをしてもらったあの日、楽器庫に置かれていたメモ帳の切れ端。

『職員室に返しといて』なんて、ただの連絡事項だけど、私にとっては大切なお守りだ。

 伊吹先輩の大人びた文字を見て、気持ちを落ち着かせる。

 よし、もう大丈夫! 控え室にもどろう。

「お前さ、トイレ行きすぎだろ」

「うわっ!」

 なんと、トイレから出た瞬間、伊吹先輩が苦笑いを浮かべて近づいてきた。
 
なんてはずかしい。何度もトイレに行ってるのがバレてたなんて!

 それに、先輩のメモを大事に持ってるの、見られちゃったかも!?

「ちょっと緊張しちゃいまして」

「へえ」

 突然先輩の手がのびてきて、私のほっぺをむにっとつまんだ。

「ひぇんはい、いひゃいへふ」

「変な顔」

 わー! はずかしすぎるよ!!!!

 先輩はいじわる顔で、楽しそうに笑ってる。

「行くぞ。演奏を楽しめよ」

「は、はい」

 先輩の手が離れると、いい感じに緊張がほぐれていることに気がついた。

 あれ? もしかして、……私の様子を心配して来てくれたのかな?

 いやいや。そんなこと、あるわけないか。

 よし。先輩の言う通り、本番の演奏を思いっきり楽しもう! 

 ──先輩と同じ舞台で吹けることを、心からうれしく思います。

 さっそうと歩くその背中を見つめながら、心の中でそうつぶやいた。

 ♪
 
 先輩とろうかを歩いていると、ひかえ室からほかの学校の音出しが聞こえてきた。

 私ももう一度、音を合わせなきゃ。

 伊吹先輩を追い抜く勢いで歩く速度を上げると、ふいに目の前のドアが開いた。

 そこから出てきた女子生徒たちの制服を見て、はっと息をのむ。

 それは、私が着たいと思い続けていた、泉中のかわいいセーラー服だった。

「……っ」

 心臓がドクンと大きく脈(みゃく)打ち、反射的に体がこわばる。

 今はもう、引け目なんて感じていないはずなのに。

 なぜか心に影が落ちた。

 そんな自分が嫌で、その制服を直視できなくてうつむいてしまう。

「吉川」

 初めてちゃんと呼ばれた名前に、おどろいて顔を上げると。

「県大会、行こうぜ。黒羽中でよかったって、きっと思えるから」

 すぐ前を歩く伊吹先輩が、振り向かずにつぶやいた。

 その言葉に、先輩はすべてを知ってるんだと悟った。

 先輩の優しさに、またしても涙腺(るいせん)がゆるむ。

「……はい! 絶対、行きたいです!」

 そうだ。こんなところでうつむいている場合じゃない。がんばろう!

 今の私にはがんばれる舞台があるんだ。そこで、私のすべてを出して吹こう。

 先輩が乗り越えたように。

 先輩もそう思っているように、私も「黒羽中でよかった」って、心の底から思えるように。

「わっ、あれ、黒羽中の……」
「トランペットの伊吹さんだ! かっこいい」
「近くで見れたね! ラッキー」
「いっしょに写真、撮ってくれないかな?」

 泉中のひかえ室前を通る時、すれ違った泉中生がうれしそうにささやいているのが聞こえた。

 伊吹先輩、泉中生にも人気なんだ……。

 なんだか、ふしぎ。

 私も泉中生だったら、伊吹先輩をあんなふうにみつめていたのかな。

 でも、もし、私が泉中生だったら。

 先輩に偶然軽口を聞かれちゃうことも、お昼休みに秘密の練習を共有することも。

 先輩の秘密を知ることも、特別レッスンをしてもらうことも、はげましてもらうことも。

 先輩の過去を知ることも、先輩の優しさを知ることも。

 全部、なかったのかもしれない。

 そう思ったら、この背中を見つめて歩ける今は、すごく幸せなんだって気づいた。

 黒羽中のひかえ室に着くころには、顔を上げて、凛(りん)と前を向いて歩いている自分がいた。
 
 ♪

 ついに黒羽中の演奏順が間近にせまり、私たちは楽器を持って舞台ソデに移動した。

 ひとつ前の学校の課題曲が始まると、列の前方からヒソヒソと耳打ちで伝言が回ってきた。

 私の前にならんでいるのは、悪口を言われたクラリネットの2年生。

 これから心を合わせていっしょに演奏するんだから、みがまえちゃダメだよね。

 心を落ち着けて、クラリネットの先輩からの伝言を待つ。

「舞台は暑いって。楽器の音が高くなりがちだから、気をつけて。楽しもうって回して」
「はい」

 いつもはキツく感じる先輩の声も瞳も、今はとてもやわらかい。

「それと……あの時はごめんね」

「えっ?」

 思いもよらない言葉に、おどろく。

 先輩の後ろからも視線を感じ、ちらりと見ると。

 楽器庫で悪口を言っていたほかの先輩も、「ごめんね」と口パクで伝えていた。

 その言葉は、私の心の傷あとをふさいでいく。

「もう気にしていません。がんばります」

 心からほほ笑み合って、私はその伝言を、後ろにいるフルートの先輩に伝えた。

 ♪
 
 ついに、ひとつ前の学校の自由曲が、クライマックスをむかえた。

 もうすぐだ。緊張と不安にのみこまれそうになって、まわりを見回す。

 黒いスーツに蝶(ちょう)ネクタイ姿の先生が、まゆ毛をつり上げて、舞台をじっと見ていた。

 その近くにいる内藤さんと目が合うと、お互いの楽器を少しかかげて『がんばろう』と合図する。

 崎山くんは、いつになく真剣な顔で舞台を見つめていた。

 ふと視線が合うと、崎山くんはいつもみたいにニコッと笑って、拳を向けてきた。

「がんばろうね」。そんな思いをこめて、私もこぶしを向ける。

 パーカッションの加代ちゃんは、楽器にかこまれて、こわばった表情をしている。

 加代ちゃん、がんばろう!

 小さくピースをすると、加代ちゃんは必殺道具のクサリを少し持ち上げて、笑顔を向けてくれた。

 さっこは、ちょうど伝言が回ってきたところみたい。

 伊吹先輩に耳元でささやかれて、真っ赤になりながらうんうんとうなずいていた。

 さっこ、鼻血出しちゃダメだよ。

 少しうらやましく思いながら見つめていると、さっこも気づいてくれてニッと笑い合った。

 その横には、薄暗い中でもひときわ目立つ存在感の伊吹先輩。

 輝く銀色のトランペットを手に、頼もしく立っている。

 先輩は私と目が合うと、ふっと口のはしを上げた。

 私だけに向けられただろう笑顔に、またしても胸をうちぬかれる。

 今までがんばってよかった。あきらめないでよかった。

 もうすぐ、先輩といっしょの舞台に上がれるんだ。

 この瞬間、ひとつひとつを忘れないでおこう。

 伊吹先輩の姿を心に焼きつけて、フルートをギュッとにぎった。

 ♪

 舞台はまぶしいぐらいの光に照らされていた。舞台ソデとは、温度もちがう。

 伝言通り、暑さのせいで音が高めにならないように気をつけなくちゃ。

 客席では、選抜メンバーに選ばれなかった4人の部員が見守ってくれている。

 みんなのぶんもがんばるよ。ひとりひとりの顔を見つめて、そう誓う。

 小さく息を吐いて、指揮台に立った北田先生に視線を向ける。 

「プログラム12番。私立黒羽中学校。課題曲Ⅱに続きまして、自由曲『海の男達の歌』。指揮は……」

 会場アナウンスが響き、一度は暗くなった舞台が再度明るくなる。

 課題曲のフラッタータンギングは、無事成功した。

 次は、念願の『海の男達の歌』だ。ここまで来たら、もう楽しもう。

 伊吹先輩の言葉を思い出すと、緊張でこわばる体中に、わくわくが広がっていった。

 ついに、先生の指揮棒がゆっくりと動き始める。

 パーカッションから波の音が静かに聞こえてきた。

 それに乗せて、伊吹先輩率いるファーストトランペットと、高田先輩率いるファーストホルンがゆったりとしたメロディーを歌う。

 加代ちゃんが、カカーンと鐘の音を鳴らした。

 シンバルの音が響くと、一気にもりあがって、速いテンポに変わっていく。

 トロンボーンの伴奏(ばんそう)に乗って、クラリネットの内藤さんが必死に指を動かしていた。 

 それに乗せて、私たちフルートも、細かく速いメロディーを吹く。

 私が一番苦労した三連符(さんれんぷ)は、きちんと合わせて吹くことができている。

 次に、トランペットのいさましいファンファーレが鳴り響いた。

 伊吹先輩の音だ……! 

 高らかに、そしてのびやかに響いたその音で、全員の気持ちが高まっていく。

 加代ちゃんが一生けんめいにクサリを台にたたきつけて、イカリを上げる音を表現している。

 その勢いのまま、全楽器がいっせいに同じ動きをするトゥッティに突入した。

 速くて細かい動きを、内藤さんも、崎山くんも、さっこも、高田先輩も、そして伊吹先輩も、心と音を合わせていっしょに吹いている。

 今まさに、全員がひとつになっていた。

 ──このままずっと……まだまだみんなと吹いていたい。

 演奏が終わってしまうのが惜しくなったころ、いっせいに駆けぬけるように、みんなで最後の音を響かせた。

 ──吹き終えた……!

 北田先生の合図で、みんながいっせいに立ち上がる。

 拍手を浴びると、感動が押しよせてきて胸がいっぱいになった。

 私たちは、確かにひとつになったんだ。

 

ついに、あこがれの伊吹先輩と、あこがれのコンクールでいっしょに演奏をすることができた、さくら。
さっこ、加代ちゃん、崎山くん、内藤さん……
みんなと心をひとつにして演奏した、その結果は……?
次回、ぜったい注目の、第1巻最終回をお届けします!!

次回、第16回もおたのしみに!(第16回は11月20日午前10時公開予定!)

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  • 【定価】 704円(本体640円+税)
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  • 【サイズ】新書判
  • 【ISBN】9784046319456

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