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【期間限定】『君のとなりで。』スペシャルれんさい 第12回 先輩の過去


◆第12回
コンクールのオーディションに落ちてしまったさくらに、声をかけてくれた伊吹先輩。
でも、先輩の言葉にたえられず、逃げてしまったさくらは、先輩の「かくされた過去」を知ることに……?
ぜったい注目!の第12回です!!

前回までを読みなおす(もくじへ)

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

♪先輩の過去

*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*

 いきおいで飛び出したものの、音楽室がある2階は、3年生の教室だ。

 伊吹先輩はこの階で、どんな学校生活を送っているんだろう。

 きっと部活の時と同じで、人気者なんだろうな。

 負けた側の気持ちなんて、味わったことないに決まってる。

 そんな先輩にひそかに恋してるなんて、私は身のほど知らずだ。

「はぁ……」

 大きなため息をついた私は、さっきの教室に向かった。

 音楽室からは、また『海の男達の歌』がいさましく響いている。

 この中学に来たこと自体、まちがっていたのかもしれない。だって、どこにも居場所がない。

 やっぱり私の人生は、受験に失敗したあの時点で大きくくるってしまったんだ。
 
 すべてがイヤになって、私はまた、息苦しい膜にすっぽり包まれた気持ちになる。

 そこから見る風景は、すべてにごっていて。

 私だけ、重く暗い別世界にいるように感じるんだ。

 入学したころの私に、また逆戻りしてしまった……。
 
 さっき飛び出した教室の前に立ち、こわごわと中をのぞくと、もう伊吹先輩はいなかった。

 でもそこには……。

「おー吉川ー」

 担任の鈴木先生が立っていた。

「伊吹なら音楽室にもどったぞ。あいつ、あいかわらず、ぶあいそうだよなー」

「えっ!?」

 先生の口から出た名前に、どきっとした。

「ていうか、吉川。最近どうしたー? 毎日毎日、暗~い顔して空ながめて」

「え? なんで知ってるんですか?」

「俺、いちおうサッカー部の顧問だからさ。グラウンドから何気なく校舎を見たら、窓ぎわで打ちひしがれてる吉川が見えて。びびるわー。幽霊かと思った」 

 毎日空をながめてため息ついていたのを、見られていたなんて。

「でも、よくわかりましたね。私だって」

「俺、目だけはいいんだよね。あ、目だけじゃないわ。顔もね。へっへっへ」

「はぁ……」

 なに言ってるんだろう、このおじさん。

 でも、おかげでこわばっていた心と体から、するりと力がぬけた。

「入学したてのころは、けっこう心配してたんだけど。でも、ここしばらく楽しそうにしてたのになー、吉川」

「……」

 多分、先生は全部知ってる。入学したころ、私がどうして暗かったのかを。

 こうやってストレートに言われたほうが、逆に心は痛くない。

「心配して来てくれたんですか?」

「そう。でも伊吹がいたから、俺おジャマかな~と思って。あいつホント口悪いよな~」

 ちょっと先生、ヘラヘラ笑ってるけど、全部見てたってこと?

 はずかしくてほおが熱くなった。

 そんな私を見て、先生はニヤニヤしながら窓の外をながめる。

 サッカー部のホイッスルが響いた。

「まぁ、あいつ口悪いけど、吉川のことを放っておけないんだろうな。似た者同士だもんな、お前たち」

「えっ……?」

 先生の言葉に、心臓がどくん、と音をたてた。

「似た者同士……?」

 そんなこと、あるわけないじゃない。

 だって……先輩は完璧で、天才で、人気者。
 私は負け犬で、こざかしくて、ひねくれ者……。

 困惑している私を見て、先生はふっと笑ってグラウンドをながめた。

「伊吹が入学してきた時、あいつ、吉川と同じ目をしてたんだよ」

「私と同じ……?」

「そう。なんでこんな学校に通わなきゃいけないんだーって顔してた」

「あ……」

 やっぱり、先生は私の気持ちに気づいていた。

 でも伊吹先輩も!? どうして? 

「あいつさ、子どものころからサッカーやってて、その世界ではすごく有名だった。そんで、中学サッカーで全国ベストエイト常連の強豪(きょうごう)校に、入学するって決まってたんだ。春からその中学に通うはずだった」

「だった……?」

 ぶあいそうな先輩の過去が、少しずつ見えてくる。

「そう。でも……あいつ、全治6ヶ月の大ケガをしてさ。利き足を複雑骨折したらしい。ケガの原因は……まー、色々言われてるけど、なにが真実かは多分本人にしかわからない」

「ケガさせられたかもしれない……ってことですか?」

「そういううわさもある。でもしょせんうわさだからな。そんなんで、リハビリも入れたら1年はサッカーができない状況で、あいつは入学を取り消された。そりゃ絶望するよな。それから、そうとう荒れたらしい」

 ──伊吹先輩ね、ものすごく荒れてた時期があったんだって。

 いつだったか、さっこから聞いた言葉がよみがえった。

「当時、伊吹のお姉さんがこの学校の2年生でさ。無気力だった伊吹を、無理やり受験させたらしい。無事、ここに入学したものの、あいつ、ぬけがらだった。吉川と同じ目をしてたよ」

 先輩も、行きたかった中学校に行けなかったんだ……。

 大きな敗北を味わって、この黒羽中に仕方なく入学して。

 なじめなくて、なじみたくなくて。私といっしょで、毎日がにごっていたんだ……。

「あいつ、ケガをする前は将来の日本代表として、かなり期待されてたからな。致命的なケガをしたとたん、今まで周りにいた仲間や大人たちが、さーっといなくなってさ。そうとうつらかっただろうな」

 先輩の過去に、そんなことがあったなんて。

「なんでもいいから、打ちこめるものを作ってやりたかったけど、俺はサッカー部の顧問だろ。あいつの前でサッカーの話なんてできなくてさ。そんな時、吹奏楽部の部長をやってたお姉さんが、強引に伊吹を吹奏楽部に入部させたんだ。このままじゃダメだと思ったんだろ」

 聞かされた真実に、私は心からおどろいた。

 伊吹先輩は、生まれつきトランペットの天才なんかじゃなかった。

 絶望を乗り越えて、努力して努力して、やっと今の先輩があるんだ。

 そして、無気力だった伊吹先輩を支えたのが、お姉さんだったんだ……。

 伊吹先輩は、ただお姉さんに頭が上がらないってわけじゃない。ふたりには、強いきずながあるんだ。

 入学したてのころ、やさぐれていた私に、鈴木先生が言った「部活に打ちこむのもいいかもよ」っていう言葉は、きっと伊吹先輩にも告げられたんだろう。

「あいつは乗り越えたのかな。あいつの代わりに強豪校に入学したやつが、スタメンをとって活やくしている姿を、テレビで見ても心から応援してやれるくらい」

 先生はひとりごとのようにつぶやいて、ゆっくりときびすを返した。

「じゃあ俺、戻るわ。あいつら、俺がいないとてきとうな練習しかしないからさ、まったく」

 教室を出ていく先生の背中を、感謝の気持ちをこめて見送った。

 先生、私もがんばるよ。……伊吹先輩のように。

 ひとりになった教室で、机の上で光っているフルートにそっとふれた。

 音楽室からは、合奏の音が聞こえる。

 耳をすませていると、先輩のソロが流れてきた。

 とたんにギュッと心が押しつぶされそうになる。

 私、先輩にひどいことを言ってしまった。「先輩になんて、わかるはずがない」、って。

 先輩はもっともっとつらい思いをしたのに。

 ♪
 
 部活が終わり、次々と部員たちが帰っていく。

 さっこと加代ちゃんに先に帰ってもらって、私は音楽室の外で伊吹先輩を待っていた。

 追っかけだと思われてもしかたがない。だけど、どうしてもあやまりたかった。

「伊吹先輩」

 音楽室のカギを閉めている先輩の背中に、思い切って声をかけた。

『陰口叩いたり、あることないこと言うヤツなんて、劣等感まみれだとしか思わない』

 あの時─楽器庫でクラリネットの人たちに悪口を言われた時に、先輩が吐き捨てるように言った、あの言葉の真意がわかった。

『自分が受けた仕打ちに対して、相手に罰を与えることよりも、どうやってゆるすかを考えたほうがいいと思うけど』

 先輩は絶望にのみこまれそうになりながら、それでも自分からはなれていった人たちも、そして自分のことも、ゆるしていったんだ……。

 静かなろうかに、私の声が響く。

「先輩、あんなこと言ってすみませんでした……」

 それがせいいっぱいだった。涙がこぼれて、これ以上しゃべれない。

 ぐいっと涙をぬぐって、先輩を見つめる。

 振り向いた先輩は、優しい目をしていた。

 先輩がゆっくりと近づいてくると、心臓の音が速くなる。

「お前さ、いっつも泣いてんな」

「すみません」

「しかもいつもあやまってるし」

「……」

 たまたま、なのに。

 私、そんなにすぐ泣くタイプじゃない。

 なにも言えずに突っ立っていると、目の前まで来た先輩がフッといじわるに笑った。

 胸の奥が切なくしめつけられて、ポタポタととめどなく涙が落ちていく。

 ふいにのびてきた先輩の大きな手が、私のほおをつたう涙をぬぐった。

 わっ……。心臓がのど元まではね上がる。

「起こることは、すべて通過点でしかないんだよ。過去がどうであれ、今をどう生きるかで未来は変化する」

「……はい」

 先輩のいつもより少しだけ優しい言葉が、まっすぐに心に響く。

 先輩はきっと、乗り越えたんだ。

 そう確信して、決心した。私も、もう逃げない。

「選抜メンバーになれなくて、はずかしくて情けなくて、先輩に合わせる顔がなくて……。自分だけむくわれないことも悲しくて、居場所もなくて、心もからっぽで。でも、これからはそんな気持ちを全部捨てて、ひたすらがんばります! ムダなことは、なにひとつないですから

 心の奥でくすぶっていた気持ちを全部、思い切って吐き出したら。

 先輩はいじわるくではなく、優しく笑った。

「自分と他人をいちいち比較していたら、心は不安定になる。比べるなよ」
「はい」
「比べるなら、他人じゃなくて『昨日の自分』だ」
「……はい!」

 自分をダメだと思うのも、どこかで他人を見下してしまうのも、むくわれないと思うのも、しっとしてしまうのも。すべて自分と他人を比べているからなんだ。

 それをやめれば、きっと本当に大切なことが見えてくる。

 今私にできることが、シンプルにわかるんだと思う。 

 それを気づかせてくれた先輩の言葉が、まっすぐ心に届いた。

「からっぽって、そんなに悪いことじゃないと思うけど」

「え……」

「からっぽだったら、そのぶんたくさん詰めこめるだろ。お前はなにを詰めこむ?」

「……自分しだいってことですよね」

「ああ。なんだって詰めこめる。可能性は無限大だぞ」

 私は……わくわくと感動をたくさん詰めこみたい!

 自分の答えを見つけた私を、あたたかいまなざしでみつめて。

「がんばれよ」

 そう言って、先輩はくしゃっと頭をなでてくれた。

「……っ」

 先輩が好きだ。ものすごく、ものすごく。

 でも、今はまだ言えない。私だけの秘密。

 いつか、打ち明けることができるかな。その時は、もっと成長していたい。
 

 

つらい過去をのりこえて、今は天才トランペット奏者としてみんなのあこがれになっている伊吹先輩。
その伊吹先輩の「がんばれよ」をもらって、さくらはまた、走り始めます!

気持ちを立て直してがんばるさくらを、おうえんしてくださいね!
次回もおたのしみに♪

次回、第13回もおたのしみに!(第13回は11月17日午前10時公開予定!)

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