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期間限定『怪盗探偵山猫』スペシャル連載 第6回


悪人から金を盗みだし、ついでに事件も解決する――悪と正義のはざまで華麗に踊る、『怪盗探偵山猫』シリーズが、つばさ文庫に帰ってきた!
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【2023 年 3 月 31 日(金)23:59 までの限定公開】

四日目 その名は山猫



「私は、怒っている!」
 捜査会議で、普段は冷静な森田が声を張り上げた。
 その怒りはもっともだと、さくらは思う。
 森田の脇には、二人の制服警官が、これ以上ないくらいに恐縮して立っていた。
「こんな屈辱は、警察始まって以来だ!」
 森田の声に反応して、二人の制服警官が、ビクッと肩を震わせた。
 二人とも、額にびっしょりと汗を浮かべている。
「犯行現場に、窃盗犯に入られたうえ、見張りに立っていたこの二人は、朝までそのことに気づかなかった。何か弁解はあるかね」
 森田に訊ねられた二人の制服警官は、上から糸で引っ張られたみたいに背筋を伸ばし「いえ! ありません!」と声を合わせて言った。
 会議室にいる捜査官たちは、警察の信用を失墜させる非常事態に、ピリピリとした空気を漂わせている。一人の例外を除いて──。
 さくらは、隣に座る関本の顔を見た。
 所轄署の失態が、よほど楽しいのだろう。表情が緩んで仕方ないといった感じだ。
「君らも、この屈辱をしっかり胸に刻み込んでおくように」
 森田はそう言うと、B4サイズに引き伸ばされた写真を、マグネットでホワイトボードに留めた。
 犯行現場が撮影された写真で、その白い壁にはデカデカと赤いスプレーで〈山猫参上!〉という文字が書かれていた。
 それをきっかけに、バカデカイ笑い声が響いた。
 関本だった──。
 腹を抱え、大口を開けて笑っている。
 さくらは、捜査官たちの冷ややかな視線が、自分に浴びせられているように感じ、顔を上げることが出来なかった。
 関本は、笑ったまま席を立ち、部屋を出て行った。
 さすがに、今回はあとを追う気にはなれない。もし、そんなことをしようものなら、この部屋にいる捜査官全員を敵に回すことになる。
 関本がドアを閉めるのと同時に、会議室全体がざわついた。
 やがて、その波は大きくなり、関本に対する怒号が、会議室全体を揺らした。
「笑われても仕方ないんだよ!」
 森田の怒声で、会議室がいっぺんに静まり返った。
「この屈辱を晴らす方法は知っているな?」
 全員に向かって訊ねる森田の声には、威圧するような響きが込められていた。
「誰でもいい。警察の威信にかけて、山猫を引っ張って来い」
 森田がそう告げると同時に、捜査官たちは一斉に立ち上がり、各々の職務をこなすために、部屋を出て行った。
 ──後れをとってなるものか。
 さくらは、立ち上がりはしたが、そこで止まってしまった。コンビを組んで捜査をする関本は、さっき出て行ってしまった。
 これ以上関本と捜査をしても、成果は得られそうにない。完全に孤立してしまったようにすら感じる。
「霧島」
 壇上に立ったままの森田が、さくらを呼んだ。
 ──嫌な予感がする。
 さくらは、重い足取りで、森田の許に歩み寄る。
「残念だよ」
 森田はそれだけ言うと、目頭を押さえて黙ってしまった。
「何がでしょう?」
 別れ話じゃあるまいし、このまま向かい合っていても仕方ない。さくらは、先を促す。
「単刀直入に言おう。霧島には、捜査を外れてもらう」
「は?」
 聞き取れなかったわけではない。噓であって欲しいという願いを込めて訊き返した。
「君は昨日、関本警部補と別行動をとっていたそうだね」
「いや、でも、それは関本警部補が……」
 さくらは、弁解しようと口を開きかけたが、森田に遮られた。
「霧島を責めているわけじゃないんだ。関本警部補の身勝手さは、私も充分承知している。だから、私の耳に入っただけであれば、聞き流して終わりの話だった」
 そこまで言って、森田が大きく溜め息をついた。
 署長あたりの耳に入り、そこから圧力がかかったということなのだろう──。
 さくらは、固く拳を握った。
 怒りをじっと堪えることしかできない自分が、もどかしかった。
「残念だが、霧島は、命令違反を犯したことになる。処罰の話も出たが、今回は捜査担当を外すことで話をつけた」
 誰が上に密告したかなど、容易に想像がつく。関本だ。彼以外にいない。どうあっても女と捜査はしたくないらしい。
 さくらは、ぎゅっと下唇を噛んだ。
「すまない……」
 森田が頭を下げた。
 彼が悪いわけではない。むしろ、謝らないで欲しかった。怒鳴りつけられた方がいくらか気分がマシだ。
 さくらの中で、爆発寸前だった怒りが萎えていく。
「分かりました」
 さくらは、それだけ言って会議室を出た。
 一秒でも早く一人になりたかった。
 廊下に出て壁に背中を預け、自分の両肩を抱えて大きく息を吐いた。膝が震えている。怒りなのか、失望なのか分からない。
「捜査、外れることになったんだってな」
 今、世界で一番嫌いな男の声が聞こえた。
 反対側の壁に寄りかかって、関本が立っていた。
「そんなに楽しいですか?」
「ああ。楽しいね。見張られながら捜査するなんて、迷惑この上ない」
 この口ぶり。やはりこの男が密告した──さくらは、それを実感した。
 なぜ、今になって密告などしたのか? そんなに女と捜査するのが嫌なら、最初に話した段階で断固拒否すれば良かったのに。
 考えられることは一つだった。さくらがいることで、不都合な何かが発生した──。
 昨日の出来事が思い起こされる。
 関本は、勝村から預かったあの写真を見たあと、何処かに消えた。半信半疑だったが、志村一が、事件の鍵を握っているのかもしれない。
「見張られていたら、何か都合の悪いことでもあるんですか?」
 さくらは、関本を睨み付け、挑発する。
 どうせ、もう一緒に捜査することはない。ならば、思い切って揺さぶりをかけてみようと考えた。
「なんだと」
 関本が、顎を突き出すようにして睨みをきかせる。
 ──その程度で怯むものか。
 さくらは、より一層目に力を込めて、関本を睨み返す。
「山猫って、本当に頭のキレる人物なんでしょうか?」
「何が言いたい?」
「あたしには、捜査担当者が、手を抜いているようにしか見えませんけど」
「お前は、何も見えてない」
 関本は、吐き出すように言うと、ゆっくりと廊下を歩きだした。
「逃げるんですか?」
 関本は、無言のまま、バイバイと手を振りながら、廊下を歩き去っていった。
 さくらは、悔しさで肩が震えた。
「あたしは、このままじゃ終わらない」
 さくらは、関本が歩き去った廊下の先に目を向けながら言った。




〈警察が、前代未聞の不祥事です〉
 カウンター脇に置かれたテレビを観ていた勝村は、両手で顔を覆った。
 アイドル顔負けのルックスの女性アナウンサーが、舌足らずな喋りで、昨晩の山猫の事件を伝えている。
 これだけの騒ぎになった事件に、自分が関与していることが、信じられなかった。
 困惑する勝村に反して、テーブル席に座った山猫は、チョコをかじりながらウィスキーを飲み、おおはしゃぎ。
 逃亡者だという自覚がないようだ。
 ──これ以上は観ていられない。
 勝村は、手許にあるリモコンでチャンネルを変えた。
「何すんだよ。これから面白くなるってのに」
 すかさず山猫が抗議する。
 ──何が面白いものか。
 勝村にとっては、面白いことなど一つもない。
 山猫の言った通り、犯行現場に侵入するという行為で、犯人たちに対する揺さぶりにはなったのだろうが、同時に警察を本気にさせてしまった。
 警察は、その威信をかけ、総動員で山猫の捜索にかかるだろう。
 勝村は、「明日に向って撃て!」という映画のラストシーンを思い出す。強盗を繰り返した主人公二人が、ある街で警官隊ばかりか軍隊にまで囲まれてしまう。
 その先の主人公たちの運命は、思い出したくもない──。
「はしゃいでないで、少しは考えたらどうなんだ?」
「俺を能天気みたいに言うんじゃない。お前と違って、俺は考えるのは得意なんだ」
 山猫はウィスキーを飲み干すと、緩慢な動きで立ち上がり、勝村に封筒を投げて寄越した。
「これは?」
「今井の会社の帳簿と通帳のコピーだ」
 封筒を覗き込んでみると、数十枚にも及ぶ用紙が詰め込んであった。封筒を斜めにすると、カウンターの上に書類の束が流れ出す。
 一番上の紙は、銀行口座の入出金データをプリントアウトしたものだった。何枚か紙をめくると、月別の帳簿が出て来た。
 何処から、どういう手段で手に入れたものなのかは、訊かないことにした。どうせ、合法的な方法じゃない。
「これが、どうしたんだ?」
「お前って、いちいち指示しないとなんにも出来ない子なんだな」
 山猫が、軽蔑するように目を細める。
「どうせ、ぼくはダメな奴だよ」
「そう卑屈になるな。目を通して、不自然なところがないかチェックすればいいんだよ。俺は、出版のことは分からんから、そこに書かれている金額が妥当なのか判断がつかない」
 言い方はともかく、山猫の言うことにも一理ある。
 金の動きを追えば、そこから見えてくることもあるかもしれない。
 勝村はシャツの袖をまくり、メガネの汚れを拭い、気持ちを切り替えて資料と向かい合う。
 まずは、会社名義の銀行の通帳に目を向ける。口座には、ほとんど残高が無く、かなり経営が行き詰まっていたようだ。
 次に、帳簿を一枚一枚追っていく。
 最初は、会社がスタートした当時のものだ。できるだけ経費を削減していたのだろう。目立った数字は見あたらない。
 売上額の方は、かなり厳しい。さらに詳しく見てみないと断定できないが、この状態だと赤字が雪だるま式に膨らんでいく計算だ。
 勝村は、パラパラと帳簿をめくり、先月の帳簿を開いた。
「あれ……」
 勝村は、勘違いかと思い、鼻がつくほどに顔を近づけ、一年前の数字と一つ一つ比較していく。
 雑誌の印刷費用が、創刊当初の二倍近くになっている。
 ──なぜ、急に?
 勝村は、帳簿を遡りながら、記載されている金額を比較していく。どの月も、似たり寄ったりの数字だ。
 最新号の印刷費だけ、金額が飛び抜けている。
「何か見つけたのか?」
 山猫が声をかけてきた。
「先月の帳簿で、ちょっとおかしな数字を見つけたんだ。印刷費が……」
 説明しようと顔を上げたところで、勝村は言葉を止めた。
 山猫は、自分で訊いておきながら、視線を向けようともせず、テーブルに足を載せ、指先でペンをくるくる回しながら今井の雑誌を読みふけっている。
「何やってんだ?」
 勝村が訊ねると、山猫は何も言わずに、開いている雑誌のページを向けた。
 それは、クロスワードパズルのページだった。
 勝村は、怒る気にもなれずに、大きくため息をついた。
「それで、印刷費がどうしたんだ?」
 山猫が、話の先を促す。
 真剣に調べているのが、バカバカしくなってきた。
「なんでもない」
 勝村は、山猫に背中を向け、再び帳簿と向き合った。




 署を出たさくらは、覆面車両に乗り込み、シートにもたれかかった。
 出て来る途中、福原が「まあ、気にするな」と励ましの言葉をかけてきたが、苛立ちを増幅させる効果しかなかった。
 ふとルームミラーに映る自分の顔に目がいった。
 目が腫れぼったい。唇もガサガサだし、鼻の頭の皮も剝けている。
 何だか、もの凄く疲れた。男に別れを切り出すのに似て、充実感がまるでないただの疲労だ。
 ──何を弱気になっている?
 さくらは、自分自身に問いかけた。
 ここで尻込みをして、現実逃避をするようなら、それこそ関本の言うように、「刑事には向いてない」ということになる。
「これくらいじゃ、負けない」
 さくらは、ルームミラーに映る自分を睨み返しながら言う。
 それだけで、気持ちが、吹っ切れたような気がした。
 捜査本部は、居直り強盗の線で捜査方針が固まっている。
 だが、勝村からの情報を鑑みると、少し状況が変わってくる。今井の殺害が計画的なものである可能性がある。
 活路を見出すとしたら、そこしかない。
 さくらは携帯電話を取り出し、勝村の携帯電話に連絡を入れた。
〈もしもし〉
 長いコール音のあと、勝村のとぼけた調子の声が聞こえてくる。
「昨日、渡された写真の男のことだけど」
〈え? あ、あぁ、あの件ですか〉
 さくらが話を切り出すと、勝村は慌てた様子で返事をする。
 昨日のことがある。何か突っ込まれるのでは──と過剰に心配しているのだろう。
 本当なら「よくもやってくれたわね!」と叫んでやりたいところだが、それではこの先のプランが崩れてしまう。
 さくらは、勝村の動揺に気づいていないふりをして、淡々とした調子で話を続ける。
「一人は素性が分かったわ」
〈本当ですか?〉
「名前は志村一。年齢二十六歳。過去に、窃盗で逮捕歴があったわ」
 電話の向こうで、相談しているようなヒソヒソ声が、微かに聞こえた。
 だが、さくらは、それに気づいていないふりをする。
〈あの……住所を教えてもらっていいですか?〉
 本当であれば、勝村の要望には応えられない。
 前科者とはいえ、一般市民にそのことを伝えるのは、個人情報の漏洩に当たるからだ。
「分かったわ」
 さくらは、少し間を置いてから返事をする。
〈ありがとうございます〉
 勝村が、元気よく答える。
 さくらは、若干の心苦しさを覚えながらも、資料のコピーに書いてある、志村の住所を読み上げた。
 ついでに、例の山猫が犯行現場に侵入した騒ぎで、身動きが取れないと、軽く愚痴をこぼし、協力できないことを詫びてから電話を切った。
 もちろん噓だ──。
「さあ、これからが本番ね」
 さくらは、自分の頬を両手で打ち、気合いを入れ直してから車をスタートさせた。


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