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ものがたり

【第1章ためし読み】廣嶋玲子『おっちょこ魔女先生 保健室は魔法がいっぱい!』

「なんでそうなるの? おっちょこ先生、頭(だい)(じょう)()?」

あきれた声をあげるいさなに、おっちょこ先生は()()()そうに首をかしげました。

「どうしてです? ()(ほう)を解くなんて、わくわくしませんか? 魔法を使えるってことでもあるんですよ?」

「だって、あたしに魔法なんか使えるわけないでしょ? (じゅ)(もん)とか知らないし」

「確かに。あなたは()(つう)の人間だから、()()はないですものね」

「魔気? なに、それ?」

知らない言葉に、いさなは首をかしげました。

えへんと、ハムスターはせきばらいしました。

「魔気とは、魔法の(もと)となるエネルギーです。魔女や魔法使いは生まれながらに魔気を持っています。(ぎゃく)に、魔気をまったく持っていない人のことを、ただの人間と()びます。魔法の基本第一条です」

「うへえ、なんか勉強みたいでやだなあ」

いさなは顔をしかめました。勉強のたぐいは、なんでも苦手なのです。

でも、おっちょこ先生はかまわず話し(つづ)けました。

「普通、魔気がない人間には、魔法は使えません。もちろん、魔法を解くこともできません。ということで、今回は(うら)(わざ)を使いましょう。魔物を(つか)まえて、魔気を集めるんです」

魔物と聞いて、いさなはぎょっとしました。

「ま、魔物?」

「そうです。その力を()(よう)して、()(ほう)(なべ)を動かせられれば、きっと(かい)(じょ)(よう)の魔法湯をこしらえられるはず」

「え、なにそれ? 魔物って、怖いやつなんじゃないの?」

「怖いといったら、怖いものですね」

おっちょこ先生はまじめにうなずきました。

「魔物というのは、(けが)れた魔気が形となったものです。人間に取り()き、(せい)(かく)をゆがませたり、その人らしくないことをさせたりします。中にはとても(きょう)(あく)なやつもいます」

「うわ、怖ぁ。……って、そんなのを捕まえるの?」

「そうです。魔物とは、魔気の(かたまり)ですからね。エネルギーとしては申し分ないでしょう」

「……もしかして、その魔物もあたしが捕まえるの?」

「ピンポーン! (だい)(せい)(かい)ですよ、(まつ)(たに)さん」

「……こんなにうれしくない正解は(はじ)めてだ。ていうか、(じょう)(だん)じゃないです!」

いさなは(ふん)(がい)して言い返しました。

「そんなことしなくたって、とっとと大魔女先生に(たの)んで、(あやま)って、元の姿(すがた)(もど)してもらえばいいだけじゃない。(おこ)られるのがいやだなんて、おっちょこ先生、子供すぎるよ」

「なんとでも言ってください。わたしはとにかく怒られたくないんですー」

ふんと、ハムスターのおっちょこ先生は鼻を鳴らしました。

「とにかく、あなたには魔物を捕まえてもらいますよ」

(ぜっ)(たい)やだ」

「あ、(ことわ)ろうというんですね? でも、もう(おそ)いですよ。さっき、わたしはあなたに正式に依頼したんです。名前をフルネームで呼んで、頼み事をしたでしょう? あれは魔女式の(けい)(やく)です」

「え?」

「もうあなたは断れないってことです。もし、わたしの言うことを聞かないなら、あなたもだんだんとハムスターに姿が()わっていくでしょうね」

にやっと(わら)いながら、おっちょこ先生はいさなを見つめました。

「さあ、どうするんです? これでも手を()さないと言いますか?」

「……これって(きょう)(はく)じゃん。どこがいい魔女だっていうの?」

「ふふん。知恵(ちえ)(はたら)くと言ってください。さあ、時間がありませんよ。まずはわたしをそこのロッカーのところに運んでください。あ、(やさ)しくね。さっきみたいに、ぎゅっとにぎらないでくださいよ」

もし大魔女の大岩(おおいわ)先生と会うことがあったら、おっちょこ先生のやらかしたことを全部言いつけてやる。

いさなは(かた)く心に(ちか)いながら、しぶしぶロッカーのほうへと向かいました。なんの変哲(へんてつ)もないただの(そな)()けのロッカーです。

もしかして、中に()(じょ)の道具が入っているのかもしれない。

そう思って、いさなはドアを開けてみましたが、中に入っていたのはバケツやぞうきんやほうきでした。()(つう)のそうじ道具です。

「このロッカーでなにを(さが)せばいいの、おっちょこ先生?」

「いったん、ドアを()めてください」

「んもう」

ばちんと、ロッカーのドアを閉めたいさな。

おっちょこ先生はにやりと笑い、小さな声でロッカーにささやきかけました。

(にじ)(いろ)コウモリと(やみ)(いろ)ライオン、足してわったら、星の(ねこ)

「……なに、その変な言葉?」

「パスワードです。さ、もう一度、ドアを開けてみて」

いさなは言われたとおりにしました。

次の(しゅん)(かん)、ぽかんと口を開けてしまいました。

ついさっきまで、そうじ道具がつめこまれていた小さなロッカーの中に、今は大きな部屋が広がっていたのです。

部屋の中は、たくさんの(じっ)(けん)道具やつぼやびんがありました。きらきら光る(けっ)(しょう)(かたまり)や、銀のコインをつなげたネックレスが(かべ)(かざ)られていたり、(てん)(じょう)からは緑や(むらさき)、赤い薬草の(たば)がつりさげられていたり。(ほね)でできた()()()な人形があれば、星がきらめく天体図もありました。

そして本。図書室にも負けないほどの、たくさんの古そうな本があちこちの(たな)にぎっしり並んでいます。

そこはまさしく魔女の部屋でした。

「すごい! めっちゃすごい!」

やっとのことでそう言いながら、いさなは(おそ)る恐るその部屋に入りました。

部屋の中は、()()()なにおいでいっぱいでした。鼻を()すような強いにおいがするかと思えば、この世のものとは思えないような(あま)(かお)りが(ただよ)ってきます。

いさなはふんふんと()ぎまわりながら、あちこちに目をこらしました。

「先生、この紫の塊、なに? あと、あのびんの中で光ってるのはなに?」

「紫の塊は、()(ほう)ラクダのフンです。あっちのびんの中身は、(ほし)(むし)(たまご)です。あ、(さわ)らないで。()(ちょう)なものですからね」

「……先生、ほんとに魔女だったんだねえ」

「さっきからそう言っているでしょう? ほらほら、ぐずぐずしないで、(おく)へ行ってください。あ、こら! まわりのものに触らないで!」

おっちょこ先生はいさなを()かして、奥へと歩かせました。そこには、黒い(なべ)がありました。お風呂(ふろ)に使えそうなほど大きなもので、これまた大きなだんろにおかれています。


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