11 きょうだいゲンカ注意報!?
はあっ、はあっ。
ああもう、ご飯を食べたばっかりなのに!
光一は、人とぶつからないように注意しながら、クリス、和馬、春奈と四人で通路を走る。
お弁当が軽くなっていることだけが、唯一の救いだ。
「春奈、動物の声はこっちからしたよな!? あの、金切り声みたいな──」
「うん。たしか、この先にはサル山が──あっ、光一くん、あそこ!」
春奈が指さしたほうを見ると、人だかりの向こうに、サル山の頂上がのぞく。
変だな。やけにサルが山頂に集まってる。何があったんだ?
「すみません、通してください!」
声をかけながら人ごみを抜けると、サル山の前にいるすみれと健太が見えてくる。
すみれは、サルが集まった山頂にカメラを向けている。健太は──。
「「サルに話しかけてる!?」」
「ウキキ、キキキーッキキ!」
健太がサルの声まねで話しかけた瞬間、左にはみ出していたサルが、とことこと移動して、行列へ、きれいにおさまった。
もしかして、今の、健太の声かけで動いたのか!?
「すみれ、健太、何やってるんだ!?」
「あ、光一。みんなも。今、健太にサルの鳴きまねで話しかけてもらって、集合写真を撮らせてくれないか、お願いしてたの。サル全員で撮れば、大迫力になると思って!」
「話が通じたのか、サルさんがどんどん集まってくれたんだ。すごいでしょ」
「いや、たしかにすごいけど……」
サルを、こんな一か所に集めていいのか?
「二人とも、すぐにサルを解散させないと。このままだと、小さなきっかけで──」
「よーしっ、シャッターチャンス! あとは、カメラをサル山に近づけて……んんっ、意外とアップにならない!? もうちょっとだけ!」
すみれが、サル山にカメラを向けたまま、ぐんと腕を伸ばす。
カメラのフレームしか見えていないのか、手が柵の上を越えて、中に入った。
──マズい!
「すみれ、近づけすぎだ!」
「え?」
キキーッ!
サルの行列が崩れはじめる。中でも一番上にいたサルが、すみれに勢いよく飛びかかった。
危ない!
「わっ!」
光一が動くより早く、すみれが、カメラを持った手をさっと引っこめる。
カメラに飛びかかろうとしたサルは、少し下の壁を足場にして一度着地すると、ピョンピョンと飛びはねながら水場のほうへ走っていった。
「……はあっ」
ぶつかるかと思った。
多少、手を伸ばしたくらいじゃ、接触しないように作ってあるとは思うけど──。
「飼育員です、通してください!」「みなさん、サル山からはなれて!」
急いでやってきた飼育員が、強ばった顔で、健太につめよった。
「ケガはないかい? それと、騒ぎを起こしたのは、きみかな」
「え! ああ、ええっと」
「待ってください!」
すみれが、健太と飼育員の間に、さっと割って入った。
「騒ぎを起こしたのは、あたしです。友だちは、あたしにお願いされただけで──だから、話はあたしにしてください」
「えっ、ああ……」
二人の飼育員は、一瞬、すみれの迫力に気おされたものの、また険しい顔になった。
「とにかくダメだよ、柵から手を出して動物を刺激しちゃ。動物だって驚くんだ」
「迫力のある写真を撮りたいのはわかるけど、無理に近づけば、ケガをするキケンもある。わかるね?」
「はい……本当にすみませんでした」
すみれが深々と頭を下げる。
二人の飼育員が、やっとサル山の前から去っていくと、集まっていた人たちも、一人、また一人とその場をはなれはじめる。
……まったく。
光一が、じろりとにらむと、すみれは、うっと顔をしかめた。
クリスが、すぐにすみれと健太に駆けよる。
「二人とも、だいじょうぶ? ケガはなかった?」
「うん。あたしは平気。それより健太、本当にごめんね。あたしのせいで怒られちゃって……」
「いいよ、すみれ。ぼくがOKしたんだから。むしろ、ごめんね。えーっと、まさか、こんなにサルさんと話せちゃうなんて思ってなくてさ!」
「……五井は少し反省すべきじゃないか。事前に、先生にも注意されていただろう」
「うう~、悪かったってば! どうしても、いい写真が撮りたくて、がんばりすぎちゃって!」
「……いい写真を撮るために、やったの?」
あ。
みんなが振りむいた先で、春奈が体を震わせながら、うつむいている。
「春奈! えーっと、ごめん、心配かけて。もうしないから──」
すみれが手をつかもうとした瞬間、春奈が、さっと手を引っこめる。
「お姉ちゃんは、勝手すぎるよ! あんなに、無茶しないでねって言ったのに……お姉ちゃんのばか!」
拳をぎゅっとにぎりながら、春奈が、やっと顔を上げる。その目尻に、かすかな涙が、きらりと光った。
けれど、春奈がくるりと背を向けて、涙はすぐに見えなくなる。
「……時間が足りなくなりそうだから、一人で先に見にいくね。ちゃんと集合時間には戻るから」
「待って、春奈!」
すみれの伸ばした手を無視して、春奈が走りだす。
すれちがう瞬間、光一の耳元で、小さなささやき声が聞こえた。
「……ごめんね、光一くん」
「春奈──」
タッタッタッタ……
振りかえったときには、春奈の小さな足音は、たくさんの来園者にまぎれて消える。
ただ、すみれが、小さな背中を目で追ったまま、固まって立っていた。
「……はあ」
致命的なトラブルは防げても、ケンカは防げなかったか。
光一は、頭をかくと、大きくため息をついた。
『世界一クラブ 動物園見学で大パニック!?』
第4回につづく
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