10 特製☆スペシャルクッキー
動物園って、こんなに走りまわるところだったか?
「もう……疲れた……」
光一は、ベンチにふらふらと腰かける。
時間は、もうすっかり昼時。やってきた広場では、来園者が思い思いにお弁当を広げている。
あれから、おれたちは、他の来園者からクリスをかくしながら、必死に鳥を追いかけた。
まず、健太が声まねをして、鳥と交渉。最初はうまくいかず、かえって逃げられそうになったものの、なんとか気を引いて呼びもどすことができた。
あとは、和馬のワイヤーで鳥を安全に捕獲。眼鏡を取りもどし、無事に空に放つことができた。
「とにかく、クリスの眼鏡を取りもどせてよかったな」
光一の言葉に、クリスが、がっくりとうなだれる。いつもきれいに整えている三つ編みも、走りまわってもう結び目がぐちゃぐちゃだ。
「みんな、本当にごめんね。わたしが、眼鏡を取られたから……」
「あー、だいじょうぶだ。動物園のつくりもよくわかったし、いい運動にもなったし……」
「そうそう。最近の光一は運動不足だったから、むしろよかったんじゃない? 動物園の中も、あと三周くらいはいけるって!」
「それは、多すぎだ!」
すみれのボケに、思わずツッコむ。
はあ、これでまだ昼か。
午後もこの調子だと、帰るときには、フラミンゴの足みたいに、ガリガリになってそうだ。
「そろそろ昼休憩にしよう。みんな、おなかが空いただろ?」
「やった~! ぼく、お昼も楽しみにしてたんだ。みんなでのお弁当も見学のだいご味だよね」
「あたしも、おなかぺこぺこ! ふふん、今日は、お母さんにたくさん作ってもらったの。じゃーん!」
すみれが、バッグから大きな三段のお弁当を引っぱりだす。フタを勢いよく開けると、食欲をそそるおいしそうな香りが、あたりに広がった。
一段目はごはんと野菜。二段目は、からあげ。
三段目も……からあげ!?
「すみれ、半分以上からあげになってるぞ!? 真希さんがつめまちがえたんじゃ」
「これも、頼んだの。動物園の肉食動物に負けられないってことで! いただきまーす」
他のおかずを横目に、すみれが勢いよくからあげを食べはじめる。
……ずっとそれを背負ってたせいで、おなかが空いたんじゃないか?
「って、もしかして、春奈のお弁当も!?」
「ううん。わたしはふつうのお弁当だよ」
春奈が、同じおかずの一人用のお弁当を開けながら苦笑いする。
さすがにそうだよな……。
あ、すみれと春奈のお弁当、トラ柄のかまぼこが入ってる。
健太のお弁当には、ライオン形のおにぎりが三つ。茶色い顔のごはん部分は、めんつゆ味、たてがみは薄焼き卵みたいだ。
クリスのコンパクトなお弁当にも、しっかりとウサギ形のりんごが入ってる。
和馬は……あ、嫌いなミニトマトをしぶしぶ食べてる。今日は逃げきれなかったのか?
和馬以外、みんな、動物園見学に合わせた、凝ったお弁当だな。
光一は、バッグから包みを取りだす。入っているのは、二段のお弁当と、小さな容器だ。
……出すタイミングを逃したかも。
そのとき、すみれが、横からひょっこりとのぞきこんだ。
「あれ? 光一のお弁当、あまい香りがしない? 久美さんのお弁当はいつも和風なのに。この香りは……わかった! たぶん、バターの香り。しかも、とびきりあまい、焼いたやつ!」
鼻がよすぎる! 食事に関しては、探知犬並みか!?
「たしかに……ふんわりあまい香りがするね」「光一、何か持ってきたの? ぼくも見ていい?」
クリスと健太に包みを見つめられて、光一は頭をかく。
「あー、じつは……」
みんなのお弁当を見た後だと、ちょっとはずかしいな。
でも、家で一人で食べるよりはいいか。
光一は、包みから小さな容器を取りだす。
プラスチックのフタを開けた瞬間、かすかにしていた香ばしいにおいが、あたりに広がった。
サイ、シマウマ、バイソン──茶と黒でできた小さな動物たちが、容器の中でひしめいている。
いろんな動物が大集合した、動物クッキーだ。
健太がフラミンゴのクッキーをつまみながら、目を丸くした。
「どどど、動物クッキー! もしかして、光一が作ったの!?」
「あー……まあな。今日は一日、歩きまわるから、みんな、おなかが空くだろうと思って」
お弁当が足りずにすみれが大暴走したときの、対策にもなると思って。
「それに……フォトコンテストのテーマじゃないけど、みんなで校外学習なんて、めったにないだろ? だから、何か思い出に残るものがあってもいいと思ったんだ」
すみれが撮る写真とは違って、形には残らないけど──みんなで食べた記憶は残るから。
「よかったら、みんなで食べないか? 午後も、楽しく回れるように」
「光一、いいの!? じゃあさっそく、お弁当で、おなかいっぱいになる前に!」
健太が、みんなの真ん中に、手品で取りだしたハンカチを広げる。
光一が、その上に容器を置くと、健太以外のみんなも、つぎつぎにクッキーを取った。
クリスがウサギ、すみれがホッキョクグマ、和馬がネコ、春奈がパンダだ。
みんなが、選んだクッキーを自然と高くあげる。
光一が一番手前にあったトラのクッキーを取ると、すみれが楽しそうに声をあげた。
「じゃあ、みんなで、いただきまーす!」
ぱくっ
サクサクッ
クッキーを口に放りこむと、軽い食感とともに、香ばしいあまさが広がる。
自画自賛だけど、けっこうおいしいな。それに、どの動物も、きれいに焼けてる。
みんな、黙々とクッキーをほおばっている。すみれなんて、もう三枚目だ。
「なにこれ、今まで食べたクッキーで一番おいしいかも! たくさん食べるためには、大きな動物を選ばなきゃね。キリン、ゴリラ、やっぱりゾウ!?」
「このシマウマさんクッキー、ちゃんとシマシマになってる。もしかして黒い部分はチョコ味!?」
「おいしい。徳川くん、すごいね。今度、レシピを教えてもらってもいいのかな?」
「……あいかわらず、うまいな」
「なんだか、元気が出るおいしさだね」
クッキーをお茶とともに飲みこんだ春奈が、にっこり笑った。
「それじゃあ午後は、まだ見てない動物を中心に回っていく? それとも、もうどの動物でレポートを書くか、みんな決めちゃったかな」
「ぼくは、やっぱりフラミンゴさんにしようかな。心も通いあったしね。クリスちゃんは?」
「わたしはゾウかな。エサやり体験で間近で観察できたから……風早くんは、やっぱりアイ?」
「……そうだな」
うわっ。みんな、決めはじめてるな。おれも早くしないと。
「春奈は、もう決めたのか?」
「ううん。午後にみんなと回って決めようかな。ちょっと見たい動物がいるんだよね」
「春奈ちゃーん」「見学、進んでる?」
「あ、同じクラスの子だ。少し行ってくるね」
手を振る二人組のもとへ、春奈が走っていく。一人は、帽子をかぶった子、もう一人は、フード付きのパーカーを着た子だ。
春奈は二人に、観察のメモを取ったノートを見せて明るく笑った。
うれしそうに説明してるな。春奈も、おれたちとの見学を楽しめてるってことか。
このまま午後もスムーズに見学できれば、動物園見学も、みんなのいい思い出になるはず──。
「ねえ、光一……今日はいつも以上に、あたしのジャマばっかりしてない?」
ごふっ!
光一は、飲みこみかけのクッキーで、思わずせきこむ。
声がしたほうを振りむくと、すみれが光一をジトッとした目で見つめている。
すみれのフォローをしてること、もしかしてバレたのか!?
って、すみれのやつ、口いっぱいにクッキーをほおばってるし!
「き、気のせいじゃないか? おれは、一生懸命、動物を観察して回ってるだけで……」
「でも、ゾウのエサやりでも、次の行き先を決めるときも、なんだかんだ理由をつけて、あたしの活躍を妨害してない? フォトコンテストにぴったりの写真も、けっきょく撮れてないし」
それは、すみれの自業自得じゃないか?
「ええっと、コンテストの写真が撮れてないのは、ただチャンスがなかったからじゃないか? ほら、カメラの腕がよくても、いい被写体がないと難しいだろ?」
「う~ん、たしかにそうかも。光一、ありがと。やっぱりチャンスが大事だよね。チャンスは待っててもめぐってこない。やっぱり──自分で作らなきゃ」
「え?」
今、なんて──。
「光一くん、お姉ちゃん。ただいま」
戻ってきた春奈が、笑顔でベンチに座った。
「みんな、あちこち見てまわって楽しんでるみたい。どんなレポートを書くか決めた子もいるって。わたしたちも、午後、ますますがんばらないとね」
「そうだな」
クッキーの容器を差しだすと、春奈はうれしそうに一枚とった。
「光一くん、午前中は、たくさんフォローしてくれてありがとう。いろいろあったけど、こんなに楽しめてるのは、みんなのおかげだよ」
「みんなが協力して、すみれをうまく誘導してくれたからな。すみれも、意外と真っ当にがんばってたし」
ちょっとオーバーすぎるところもあったけど。
「お姉ちゃんが? そうなのかな……たしかに、前に家族で来たときより、静かかも」
「前回はこれより騒がしかったのか!? ……コホン。とにかく春奈も少しすみれのことを信頼してもいいんじゃないか? なんだかんだいって、頼りになるときもたまにはあるから──」
あ、しまった!
「たまには」なんて言ったら、すみれに、また投げとばされる!?
「すみれ、待て! 今のは、言葉のあやで──」
あれ、返事がない。
光一は、すみれが座っていたはずのベンチを振りかえる。
──すみれが、いない。
それどころか、健太の姿も消えてる!?
キイイッ キキーーーーッ
「!?」
突然聞こえてきた声に、光一は春奈とそろって、ベンチから立ちあがる。
なんだ、今の声。甲高い──動物の声!?
「これは……もしかしてマズいんじゃないか?」