その日の夜。
まどかは夜遅くまで部屋で漫画を読んでいて、寝るのが遅(おそ)くなった。
夜中の12時。
まどかは早く寝ないといけないと思い、あわてて布団に入った。
しばらくして、まどかはウツラウツラとし始める。
もうすぐ深い眠りにつこうとしていた。
ケテ……。
ふと、消えそうな小さな声が聞こえてきた。
まどかは最初、自分がまた寝ぼけているのだと思った。
しかし、その声はだんだんはっきりと聞こえてくる。
スケテ……。スケテ……。助けて!
まどかは思わず目を開けた。
誰かが助けを求めている。
すると、廊下のほうからガタンッという大きな音が響いた。
続けて、幼い女の子の声が聞こえる。
きゃああああああ!!
それは、この間聞いた幼い女の子の叫び声だ。
「夢なんかじゃない!」
寝ぼけてもいない。
まどかはあわてて廊下へと飛び出した。
廊下は月明かりに照らされていて、少しだけ明るくなっていた。
まどかは廊下を見渡(わた)し、声の主を探す。
しかし廊下には誰もいなかった。
「そんな……」
やはり、寝ぼけていたのだろうか?
そのとき、廊下を見ていたまどかはふと、壁(かべ)のそばに何かが落ちていることに気付いた。
「あれは……」
近づいてみると、クマのヌイグルミがぽつんと落ちている。
「ゆりかのヌイグルミ……だよね……?」
まどかはヌイグルミを手に取り、あることを思った。
「もしかして、あの叫び声はゆりかだったの⁇」
思わずハッとする。
「ゆりか! ゆりか!」
まどかはあわててゆりかの名を叫んだ。
しかしどこを探しても、ゆりかはいない。
「ゆりか! いたら返事して! ねえ、ゆりか!」
すると、どこからか弱々しい声が聞こえてきた。
助けて……。助けて……。助けて、お姉ちゃん……。
それは間違(まちがい)いなくゆりかの声だ。
「ゆりか、どこにいるの‼」
まどかは声がした場所を探す。
「あっ!」
まどかは廊下のいちばん奥の壁が、なぜか少しだけズレていることに気付いた。
近づいてみると、壁板の一部が外れ、中が空洞(くうどう)になっている。
「さっき、大きな音がしたのは、壁の板が外れた音だったの?」
空洞は、人がひとり入れるぐらいの大きさがあった。
「もしかして、ゆりかはこの中に⁇」
まどかは廊下に置いてあった懐中電灯を手に取ると、あわてて空洞に入ってみることにした。
四つんばいになりながら空洞をくぐると、中は思った以上に広かった。
どうやら、物置用の小部屋のようだ。
4畳ぐらいはあるだろうか。ちゃんと立つこともできる。
(だけど、どうして板でふさがれていたの?)
物置用の小部屋ならわざわざ板でふさぐ理由はない。
まどかは不思議に思いながら、懐中電灯で小部屋の中を照らしてみた。
「ゆりか、どこにいるの? ねえ、ゆりか?」
小部屋はほこりが積もりカビ臭かったが、荷物などはなく、ガランとしている。
ゆりかがいればすぐに分かるはずだ。
「ねえ、ゆりか、いないの? ねえ」
まどかは部屋の隅々を懐中電灯で照らしてみた。
すると、壁際に何かが落ちている。
それは半分ぐらいの長さになった赤いクレヨンだった。
「これって!」
間違いなく、まどかが昼間ゴミ箱に捨てた赤いクレヨンだ。
(どうしてここにだ)
ゆりかがゴミ箱から拾ったのだろうか?
「ゆりか! ねえ、どこにいるの‼」
まどかは急に怖くなって、ゆりかの名を叫びながら小部屋の中を懐中電灯で照らした。
そのとき、壁が一瞬、懐中電灯の光で照らされ、まどかの目にあるものが飛び込んできた。
「きゃ!」
それを見て、まどかは思わず声をあげる。
そこには、血のような真っ赤な線があったのだ。
線は1本だけではない。
無数の真っ赤な線が壁中に描かれていた。
「なんなのこれ……?」
まどかは恐ろしく思いながらもその壁に懐中電灯の光を当ててみる。
すると、それが血ではなく、クレヨンで描かれたものであることが分かった。
「もしかして……」
まどかは床に落ちている赤いクレヨンをチラリと見る。
壁の真っ赤な無数の線は、この赤いクレヨンで描かれた可能性が高かった。
まどかは懐中電灯で壁を照らしながら、線をじっくりと見てみる。
線はどうやら何かの形を描いているらしい。
まどかは少し後ろに下がり、壁全体を懐中電灯で照らしてみることにした。
「えっ……」
壁全体を見たまどかは思わず小さな声をもらした。
同時に背筋がゾクッとし、身体が恐怖で震え出した。
「そんな……」
壁に描かれていたのは、線ではなかった。
人が描かれた絵……。
それは、血だらけになった4人の人物の絵であった。
いちばん大きな人物が手にナイフのような物を持ち、次に大きな人物と、その次に大きな人物を襲(おそ)っていた。
襲われている人物は、真っ赤に塗(ぬ)りつぶされている。
そして4人の中でいちばん小さな人物がその後ろに倒れていて、同じように真っ赤に塗りつぶされていた。
「な、何なのこれ? いや……いやあぁぁ!!!」
まどかはあまりの恐怖であわてて小部屋から逃(に)げ出した。
「お父さん! 助けて‼」
小部屋から逃げ出すと、まどかはそのまま階段を上ってすぐのところにある両親の寝室に駆け込んだ。
「どうしたんだ、まどか?」
ベッドで寝ていた父親と母親は、何事なのかと思い、起き上がるとまどかのほうを見た。
「小部屋に気持ち悪い絵があって! それに、ゆりかもいないの!」
まどかは壁の向こうに小部屋があったことと、ゆりかがどこにもいなくなってしまったことを、2人に話した。
すると、両親は不思議そうな顔をして、まどかを見つめた。
「まどか。さっきから何を言ってるんだ?」
「だから、小部屋があって! それにゆりかも!」
まどかがそう言うと、父親が首をかしげた。
「なあ、まどか。ゆりかって一体誰だい?」
「えっ?」
「ウチには、子供はあなたしかいないでしょ?」
その瞬間(しゅんかん)、まどかは目を大きく見開き、「ああぁ」と言葉をもらした。
まどかはこの家に来るまで、「ゆりか」という女の子のことなど知らなかったのだ。
「じゃあ、あの子は……⁇」
戸惑(とまどう)うまどかに、母親が声をかけた。
「ねえ、まどか。その手に持っている物はなに?」
まどかはふと、ゆりかが落としたクマのヌイグルミをずっと持っていたことを思い出し、それを見つめた。
「えっ⁇」
すると、クマのヌイグルミはいつの間にかボロボロに切り刻まれていて、真っ赤になってしまっていた。
クレヨンの赤ではない。血の赤。
クマのヌイグルミは、血で真っ赤に染まっていたのだ。
「いやああああ!!!」
まどかはあまりの恐怖に、その場で気絶してしまった。
●
1ヶ月後。
まどかたちは逃げるように引っ越し、家は空き家になっていた。
ちょうど同じ頃、まどかが通っていた小学校ではある噂が話されるようになっていた。
それは、『赤いクレヨン』の話には、有名ではないもうひとつの噂話があるというものである。
10年ほど前、ある家に強盗(ごうとう)が入って、住んでいた家族が殺されたのだという。
殺されたのは、父親と母親、それに小学6年生の長女。
しかし、不思議なことに、幼稚園児(ようちえんじ)だった次女だけは、どこを探しても見つからなかったらしい。
その子はクレヨンで絵を描くのが大好きで、今も家のどこかに隠れて、目撃してしまった家族が殺される瞬間の絵を壁に描き続けているのだという。
それは、『赤いクレヨンの真実』と呼ばれ、新しい都市伝説として、みんなに噂されるようになっていた。
その頃、まどかたちが去った家に、ひとりの人物が忍び込んでいた。
それは赤いフードを被ったあの少年である。
少年は2階に上がると、突(つ)き当たりの壁へと向かった。
突き当たりには再び板が張られ、小部屋はふさがれている。
少年はその板を外すと、そのままその小部屋へと入っていった。
小部屋へ入ると、少年は懐中電灯で中を照らし、辺りを見回す。
何かを探しているようだ。
やがて、少年は壁の隅に何かを見つけると、そばへと近寄った。
するとそこには、奇妙(きみょう)なマークが刻まれていた。
「あった……」
少年はそれを確認すると、ポケットから真っ赤な手帳を取り出し、ページを開いてそのマークの上にかざした。
そして、呪文(じゅもん)を唱えた。
次の瞬間、マークがキラキラと輝き、開かれたページに反転して写し取られた。
壁にあったマークは消えている。
少年はそれを確認すると、真っ赤な手帳を閉じた。
「よし……」
少年はそうつぶやくと手帳をポケットにしまい、もうこの場所には興味がなくなったのか、小部屋から去っていった。
その後、この町でゆりかという女の子を見た者はいない……。
最新27巻は12月10日発売!
- 【定価】
- 858円(本体780円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046323798
- 【定価】
- 814円(本体740円+税)
- 【発売日】
- 【サイズ】
- 新書判
- 【ISBN】
- 9784046315267